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[No.062: 即断 vs 熟考]

 数人で食事に行くと、メニューをなかなか決められない人が必ずいる。他の人が何にするのかを見渡し、今日のお得情報、周りの人が食べている状況をチェック、そして斬新な答えが出るかと思うと、「私も一緒のものを」とメンバーの主流派と同じものを注文して、周りをがっかりさせることもある。

 即決できるタイプは、賢明な印象を受けるが、その結果が芳しくないと、物事を深く読めない浅はかな人にも見える。一方、ゆっくりタイプは、石橋をたたいて渡る慎重な印象で確実なイメージがあるが、いくらよい成果を上げられることでも、機を逸すると意味はないという羽目に陥るリスクも高い。

 私はどちらかというと即決タイプ。その時にピンとくる”何か”を大事にしたいと常に考えている。人の第6感は何に基づくものかはわからないが、その力を暮らしにできるだけ取り入れたいという考えだ。もしそれが謝った判断だったなら、反省して次から同じミスを繰り返さないようにすればいい。やらないで後悔するより、やって後悔したほうが、得るものが大きいにちがいない。その積み重ねの経験則で、できるだけ早く、できるだけ正確に判断ができるようになりたい、と思う。

 『ニューヨーカー』誌の専属ライターでもあるマルコム・グラッドウェル氏の著書『ブリンク』には、「最小限の情報をもとに判断を下した場合のほうが、より多くの情報を持つ場合にはできないような賢明な決断ができる」という著者が「シン・スライシング」(thin-slicing)と呼ぶ人の能力に関する事例がたくさん収められている。

 そして、「わずか数秒のうちに下された決断が最良のものとなる場合がしばしばある。我々は、意識的に考えることなく思考し、状況をまとめた結果、多量の新しい情報に頼ることなく、蓄積された経験に基づいて人や物事についての印象を決定する」という仮説を展開し、そうすることの良さを説いている。もちろん、すべての即断が賢明だと主張しているわけではなく、米国大統領の事例をあげ、即断がしばしば悲惨な結果を招くことも論じている。

 ただ、「世の中ではじっくり考えたうえで下した判断のほうが望ましいと考えられているが、より多くの情報があったからといって、必ずしも正しい決断が導かれるものではない」という主張にはとても共感する。判断するために時間と努力をかければかけるほど、良い結果が得られるわけではない。努力はすべきだが、判断するための情報を集める努力を続ける時間が、その結果に見合うかどうか、どのタイミングで判断するかが大事なのではないか。

 救命救急医療に携わる人や消防士など、即断が絶対条件の仕事もある。こういう職業の人たちは人命に関わるだけに、緊張感のなかで研ぎ澄まされた能力で意思決定を迫られ、経験を重ねてさらに高度な判断ができるようになる。

 火事場のバカ力というが、人は極限状態で日頃の数倍の能力が発揮されることを考えると、追いつめられて下す即断は良い結果を招くのではないか。それなら日頃から、そういう状況を自らに課し即断する癖をつけていったほうがいいのではないかと考えてしまう。

 昨年末のスマトラ沖地震で、当初家族全員で行く予定を、兄弟の下のお子さんが頑として行かないと主張したために母とその子が日本に残り、父と上のお子さんが旅に出て被災されたという話を聞いた。家族で海外旅行に行くというと、子どもも一緒に同行するのが普通だろうが、そのお子さんはなぜその判断を下したのだろうか。そして母親も日本に残るほうを選んだのはなぜだろう。運命を分かつほどの判断を下した意志の固さは興味深い。

 情報のあらゆる分析結果も良くないと出ているのに、新規事業を始めて成功した企業家の話や、多くの情報がなくてもその職業になることを決めて努力し成功した人の話を聞いていると、じっくり考えることもよいが、良い即断ができるように、日頃から努力したいと思う人が、多いのではないだろうか。

---2005.3.9 (c) Mica Okamoto ---

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